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気の錬磨とは?
最近の若いのは・・・。などと、ぼやかれる立場から逆転しつつある(してる?)が、
「後世(こうせい)畏(おそ)るべし」の言葉は生きていると痛感することがある。
<後進の者は、努力次第でどんな人物になるかわからないから、おそるべきである>
武道でも例外ではなく、「向上心」のなくなった者は、どんどん追い抜かれていく。
「私は、何年稽古している」「何段だ」なんてことに、安住していると・・・。
とんでもないことになってしまう。もちろん、指導者に準ずる層でも。
また、これは年齢の問題ではない。若い10代、20代であっても同じだ。
「新しい技法をあみだした」「目新しい技を覚えてきた」など「向上心」ではない!
相手の知らないことを、もったいぶって「教えてやる」などという態度は論外。
基本の動作で崩れないからと、その解決策を「基本」以外に求めてどうするのか?
そんな「間に合わせ」の稽古をしていては、だめだと思う。
何でも吸収しようという「向上心」ある人と「正しい」稽古をする。
くだらぬプライドを捨て、我を捨てたところから始まる、
真の「切磋琢磨」こそが大切だ。
「気」の錬磨とはそういうことではないか?
有段者が次のステップをめざす際に心すべき事は、
武器技や多人数掛けばかりに小器用になることであるはずがない。
E.H
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