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通称「後稽(あとけい)」について
「稽古時間前後のケガに注意してください」と道場内に掲示してある。
確か、新宿の本部道場にも同様の掲示があったことを覚えている。(現在は?)
辻堂道場では、さらに「危険な行為は禁止します」と付け加えている。
最近、稽古前に「技」の練習をする姿を見かけなくなった。
昔、冬の道場は、氷室のように寒く、少しでもウォームアップを!ということも。
今は、もっぱら、静かに準備体操である。これが、理想的だ。
それぞれが、忙しい日常から脱する空間である「道場」に集うわけだから、
特に稽古のはじまりの部分は、各自が沈静できる環境づくりに心すべきだと思う。
さて、通称「後稽(あとけい)」についてである。
これは、稽古後の稽古(?)ということらしい。いわゆる「居残り練習」だ。
これは、体育館やカルチャーなど、共有スペースで稽古をしている団体等には、
あり得ないことだろうし、一見、専門道場の利点(?)のようにも思える。
そして、1時間の稽古を終えた上に、さらに「動く」わけで、熱心(?)にすら映る。
確かに、演武会や審査会の前に、プラスアルファとしての「まとめ」や「準備」が
望ましいこともあり、指導者がすすめる場合や立ち会う場合もある。
その場合は、「特別稽古」であり、ここでは区別したい。
本来、指導者が不在の中で、稽古をすることは許されないことである。
なぜならば、「稽古」には「我」を捨て去るところに大きな意味がある。
定められた枠組の中で、決められた技を繰り返しおこなう。好き勝手はできない。
束縛された感もあろうが、それこそが「稽古」なのである。
「自由技」の稽古とて、同じである。勝手気ままでよいというわけでは全くない。
また、苦手な部分を補いたいという気持ちは、わからないこともないが・・・。
(それとて、同じ動きばかりを集中的に繰り返すことがいいとも思わない)
日頃やらない「技」をしたい。興味のある技をやってみたい、披露してみたい。
自分の理論や仮説を試してみたいとなると、「我」を捨て去るどころではない。
さらに、厳しく言えば、「道場」は一個人の欲求を満たす場ではない。
「後稽」が、合気道を愛してやまない故ということは、重々わかっている。
別段、物惜しみで言っているわけではないことは理解してほしい。
こんなことを言わず、見て見ぬふりのほうが、道場運営は円滑なのかもしれない。
しかし、本来の「稽古」に、もっと、もっと身を入れてほしい。
時間が来たら次の団体と交代しなければならない
体育館等共有スペースで稽古している人たちのほうが、
限られた「稽古」をもっと大切に考えているのではないだろうか。
E.H
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