理屈ばかりでは・・・。 4月21日(

本日の出席者数・・・子供クラス32名・一般 クラス25

深い哲理を楽しみたいというのも、たまには良いかもしれませんが、
黙々と、ただひたすら汗をかくということを忘れてはいけませんね。

禅の極意である「只管打坐(しかんたざ)」
(余念を交えず、ひたすらに坐禅をすること)
には、
学ぶべきものがあります。



子供クラスの稽古から

両手取り呼吸投げ

W先生のことを
思いっきり
投げてみたい?!

「えーい!」
どうだった?

正面打ち一教

思いっきり
ぶつかっていくのも
たまにはいいもんだ!

背筋(トレーニング)

笑顔がこぼれます。
30回くらいじゃ
物足りない?

手押し車(トレーニング)

スムーズに
進むためには
お互いに
呼吸をあわせて!



この4月に新高校生たちが抜けて、子供クラスの稽古スペースに余裕が・・・。
準備体操でも、一人に一枚の畳を確保することができるようになりました。
しかし、場所に余裕がある時ほど、つまらないケガが起きやすいものです。
気を引き締めていきましょう!



一般クラスの稽古から

横面打ち一教

横面への打ち込みは
迫力とともに
間合いが大切です!

横面打ち四方投げ

Sさんの打ち込みにも
迫力がありますね!
とても88歳とは・・・。

坐技呼吸法

手刀を振りかぶる。
切れ味よし!




かつて、合気道の稽古を見取って、「動く禅」と
表現された方がいらっしゃったとのこと、
はたして、我が道場の稽古を見て、そう思ってくださる方は・・・?

初段を取得した頃、
二代道主植芝吉祥丸先生、
現道主(当時、本部道場長)植芝守央先生にご挨拶に伺った際、
本部道場の稽古に出席させていただいた。

3階の大道場では、稽古前からピンと張りつめた空気が漂い、
稽古前に、開祖植芝盛平翁の書を掲げている正面に足など向けて
柔軟体操をする姿などあるはずもなく、
稽古後に、風呂上がりの如く首からタオルをぶら下げる輩もいない。
植芝先生が入場される時は、もとより
退場される時も一斉に坐礼がおこなわれる。

稽古中、先生は峻厳にして、細かい説明もほとんどなさらない。
(注;我が道場での講習会では、懇切丁寧にして、とても優しい)
稽古する者も、ひたすら黙って、技を繰り返すのみ。
ただ聞こえるのは、自然に出る低い気合いだけ。
圧倒されながらも、気持ちの良い汗を流した。
話に聞いた「動く禅」とは、こういうことなのか。 <E.H>

相手が自分より段級が下位であっても、
1から10まで「ことば」で説明をしながら稽古をする必要があるのか?
たとえ、親切心からでも、相手は動きや流れをさえぎられ、混乱もする。
また、「頭で理解しよう」と理屈ばかりが先行してしまう。
満足するのは、自分ばかり。

指導者の説明には、時に応じて、人に応じての配慮がある。
あえて、言う、言わないという場合もあるはずだ。

寡黙が良いといっても、相手を無視するような「知らんぷり」は論外。
真に上級者ならば、「ことば」ばかりでなく、
動きの中でも、重要なポイントを伝えることもできるはずだ。

とにかく、「教えてやろう」などという態度は、
厳しく言えば、「おごり」以外の何者でもない。
たとえ、級や段が違っても、稽古をおこなう上では、対等である。
お互いに相手から学ぶことこそが大切だ。

黙々と、「動く禅」をめざして精進しようではないか。


E.H