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長々と、我が反省の弁
基本を大切にして、正しい合気道をめざしたいと、
毎回、真剣に稽古をしているつもりであるが、
人間とは弱いものである。
もちろん、いい加減に稽古することは誓ってないのだが、
いつの間にか、どこかが崩れた技になっていることが多い。
頭の片隅には、体格等に違いもある、全部が全部、
指導のとおりにできなくても・・・、とか。
技が多少違ってもそれが自然の動きでは?などと。
(その実態は、自分に都合良く動いているだけなのだ)
しかし、これこそ我が特色であり、千変万化する合気の技なのだと
反省するどころか、ややもすれば満足感にひたっていることも。
もっとひどい場合は、それを他人に得々と語っていることさえ。
こんなこと端から見れば、噴飯モノだ。まさに滑稽だ。
ちょっとゴルフが人並みになったおじさんが、
初心者を相手にして、右手がどうの、肩は、腰は・・・。
などと指導したつもりになって、悦にいっているようなものだ。
常に身を律して、基本に立ち返らなければ、我流に陥ってしまう。
段があがれば、迷いがなくなる訳でもないし、無敵になるわけでもない。
いつも謙虚でありたいし、また自分自身に厳しくありたい。
反省しきりである。
また、初心者には基本動作等を説明しなければならないこともあるが、
そういった教え方、伝え方にも工夫が必要だと痛感している。
ややもすると、こちらが技をかけながら説明したりすることが多くなる。
相手は、はじめて合気道に取り組む人である。
動くだけで、技を受けとめるだけで精一杯である。
そんな初心者が技を受けながら、言葉による説明など頭に入るはずもない。
これまた、教える側の自己満足にすぎない。
こんな時は、きまってベラベラとまくし立てていることが多い。
「私が数年かけて体得したコツを初日から全部教えてあげましょう」と。
説明している我が身は親切なつもりだから、なおさら始末に悪いのである。
また、また反省しきりである。
E.H
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